セミリタイアを考えるときの今の気持ち

セミリタイア計画

セミリタイアという、数年から十数年にわたる長い計画を見据えていると、そこに向かう気持ちは、少しずつ形を変えていくのではないかと思います。
時間の経過や、家庭や仕事の状況によって、待ち遠しさが強くなる時期もあれば、焦りのような感情がよぎったり、時間の進み方が違って感じることもあるはずです。

そうした変化を記録しておき、後から静かに見返せるのも、長い計画ならではの面白さのように感じます。
今回は、その記録の一つとして、「今の私がどんな感覚でセミリタイアを捉えているのか」を整理してみようと思います。

今の自分が感じていること

今の私は、セミリタイアに向けて焦りというものは感じていません。
それは、他の誰かと比べているのではなく、未来の自分を基準にして判断しているところが大きいのだと思います。
これまで重ねてきた思考や、さまざまな試算を繰り返してきた過程が、自分の歩幅を自然に見つめる助けになっていて、そのことも焦りの少なさにつながっているように感じています。

待ち遠しさについては、多少はあります。
ただ、それは焦燥感というより、セミリタイアを意識するときの“わくわく感”に近いもので、目標までの時間がまだ長い分だけ、今のところは大きく膨らむほどではありません。

また、家族がいることも、いい意味でセミリタイアを意識しすぎない要因になっているように思います。
これから子どもたちが進学し、自立へ向かっていく大きな節目がまだいくつも残っていて、そこに向き合うことが自然と意識の中心にあるからかもしれません。

感情を安定させている要因

以前の記事でも書きましたが、私はもともと、他の誰かと自分を比べる習慣があまりなく、嫉妬のような感情も生まれにくいタイプです。


そのため、誰かが先に達成したとしても、自分の歩みが揺らぐことはあまりありません。
目標のペースを外から揺らされないことは、長い計画の中では大きな安定につながっているように感じます。

また、未来の自分を基準にして物事を考えることが自然で、今の行動がどのくらい先の自分に影響するのかを落ち着いて見つめられることも、感情の波を穏やかにしてくれる要因になっています。

そして何より、セミリタイアを「競争」ではなく、「生き方を設計していくプロセス」として捉えていることが、焦りを遠ざけてくれているように思います。
誰かに勝つとか自慢するための目標ではなく、未来の自分にとってしっくりくる形をつくるための計画だからこそ、外的な影響から距離を置きやすいのかもしれません。

これから待ち受けるもの

これから先、セミリタイアまでの道のりを歩んでいけば、今とはまた違った感情が生まれてくるのだろうと思います。

子どもたちが成長し、進学の節目を迎えていく中では、セミリタイアよりもそちらのほうが大きな関心事になる時期もあるはずです。
そのときには、今よりも計画への意識がふっと薄れるような場面もあるかもしれません。

一方で、目標が近づく数年前には、逆に“待ち遠しさ”が強くなって、少し苦しさに似た感覚が生まれる可能性もあります。
あと少しで届きそうだと感じるほど、時間の進み方がゆっくりに感じられたり、細かな数字の揺れに敏感になることもありそうです。

このブログを続けていければ、セミリタイアを静かに意識する時間となりますし、過去の記録を見返すことで、焦りの気持ちを少しでも落ち着かせる助けにもなるのではないかと思います。
本当にそうなるかどうかは、いつか未来のどこかで確認してみようと思います。

まとめ

今の私は、自分の歩幅を受け入れながら、焦らずに進んでいけているように思います。
いつか計画が終盤に近づけば、また違う感情が現れるのかもしれませんが、そのときはそのときの自分が、きっと適切な距離感で向き合っていくのだろうと思います。

そして、このブログに気持ちの変化を残していくことで、未来の自分がそれを見返し、当時のリズムを思い出せるはずです。
思考や感情の記録は、資産の数字とは違う形で、自分を安心させてくれるものになるだろうと思います。

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