セミリタイアを目指すことは、私自身の考えであり、目標でもあります。
ただ、その考えを家族にそのまま当てはめたいとは思っていません。
考えていることや、なぜそう思うのかは伝える。
けれど、それに賛同してもらうことや、同じ方向を向いてもらうことを前提にはしない。
その距離感は、意識的に保つようにしています。
セミリタイアを目指すからといって、家族にとって「できなくなること」が増えてしまうようでは、本末転倒だと感じるからです。
家族に対して意識していること
まず大切にしているのは、強要しないことです。
セミリタイアという考え方や、自分なりの見通しは共有します。
ただし、それを理解してもらうことや、同意してもらうことを目的にはしません。
家族には家族の考え方や価値観があり、それはセミリタイアという言葉ひとつで揃うものではないと思っています。
「できないこと」を増やさない
もう一つ、意識していることがあります。
それは、セミリタイアを理由に、生活の中で「できないこと」を増やさないことです。
お金を使わないことが目的になってしまうと、選択肢そのものが狭まってしまいます。
セミリタイアを目指しているから我慢する、という構図にはしたくありません。
両立は簡単ではない
正直に言えば、セミリタイアと家族への配慮は、必ずしも相性が良いものではないと思います。
ストイックにセミリタイアだけを目指そうとすれば、どこかで違和感が生まれたり、無意識のうちにプレッシャーを与えてしまうこともあると思います。
だからこそ、「正しさ」を振りかざさないことを、意識しています。
それでも成り立ちうる理由
それでも我が家においては、この両立が成り立ちうる理由があると感じています。
結婚や子育てのタイミングが早かったのですが、それに対して私の給与水準は、決して高いとは言えません。
妻のおかげもあり、必然的に、スリムな家計設計を前提に生活してきました。
無駄なものは省き、必要なところにはきちんとお金を使う。
そうした感覚には、もともと抵抗がなかったように思います。
セミリタイアとの親和性
セミリタイアを目指すことは、無駄を見直し、お金をうまく使い、運用していくことでもあります。
完全にイコールではありませんが、家計を整えるという点では、重なる部分が多いと感じています。
方向性が近いからこそ、生活そのものを大きく変えずに済んでいるのかもしれません。
距離感を保つということ
大切なのは、家庭をセミリタイアの路線に完全に乗せてしまわないことだと思います。
無理のない範囲で、そっと寄せるように考える。
負担を感じさせない距離で続けていく。
その姿勢を、これからも大切にしていきたいと思います。
まとめ
セミリタイアは、あくまで私自身の目標です。
家族の生活や価値観を犠牲にしてまで、優先すべきものではありません。
その前提を忘れずにいることで、今のところ、我が家では一定の親和性が保たれているように感じています。
これから先も、セミリタイアそのものより、その過程で何を大切にするのかを、考え続けていきたいと思います。
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