私は、自分自身がセミリタイアに向いていると感じています。
おそらく、性格的な部分や価値観の傾向が関係しているのだと思います。
それを一度言葉にしてみることで、「なぜ自分はセミリタイアを選ぼうとしているのか」を、もう少し客観的に整理できるのではないか。
今回は、自分なりの“セミリタイア適性診断”として、その理由をいくつかの視点から掘り下げてみます。
性格面の適性
セミリタイアに向いていると感じる理由のひとつは、自分の性格にあると思います。
私は、静かで落ち着いた時間を好むタイプです。
表現が難しいのですが、ショッピングモールのようなにぎやかな空間も、自分の存在が周りに溶け込むような感じがして嫌いではありません。
人との関わりははっきり言って苦手です。
大勢の中で注目を集めたり、刺激を求めたりすることには、あまり魅力を感じません。
どちらかといえば、自分のペースを守りながら、少人数で深く話したり、ひとりで考え事をしたりする時間に安心感を覚えるほうです。
そうした性格は、会社員として長く働く中ではデメリットになり得る部分かもしれません。
けれど、スイッチを入れれば会社員という“役”をまっとうことはできていて、そのことも含めて、仕事は割り切って捉えています。
この“穏やかで内向的な性質”こそが、セミリタイアという生き方に向いている部分なのだと思います。
価値観の適性
次の理由は、お金や働き方に対する価値観の部分です。
働き方に関しては、「対価」そのものよりも、「選択できる自由」に価値を感じるタイプです。
どんなに収入が高くても、常に拘束されている状態では心がすり減ってしまいます。
逆に、多少の制約があっても、自分で決めて動ける環境であれば、安心して力を出せます。
また、他人と比較して達成感を得るよりも、自分の基準をもとに静かに満足したい、という気持ちがあります。
それは競争心がないというよりも、「人と違っていても大丈夫」という感覚を大切にしているからだと思います。
お金についても、“増やす”ことより“どう使うか”に関心があります。
資産を積み上げることも必要ですが、そのお金がどんな時間や価値を生むか、そして自分が何を感じられるかに重きを置いています。
こうした価値観の延長線上に、セミリタイアという生き方が自然に存在しているように感じます。
行動面の適性
もうひとつ、物事の進め方や行動の癖というのもあります。
私は、日常的には衝動的に動くタイプではありません。
かといって、計画性があるタイプでもなく、どちらかといえば“ 衝動的に計画を立てるタイプ“です。
興味を持ったことには異常なほど集中し、あれこれ考えて計画を練ったりしますが、その先に実際の行動が伴うかどうかは別問題です。
「理想的な休日の過ごし方」でも書いたように、何か具体的な結果を伴わなくても、思考した過程そのものに満足してしまう傾向があります。
とすると、このセミリタイア計画もそうなのでは?——そう言われてしまうかもしれません。
確かに否定はできませんが、経験上、深くはまったものに関しては10年単位で思考する枠に入ります。
セミリタイア計画も、そのひとつだと考えています。
万が一そうでなかったとしても、何かを浪費するわけでもなく、積み上げた資産が残るだけ。
その意味では、デメリットはありません。
基本的に“超“が付くほどポジティブなのです。
また、リスクを「避ける」よりも「把握して備える」ことを意識している点も、自分の行動特性だと思います。
あらかじめ起こり得ることを想定しておくことで、結果として心が安定し、余計な不安に振り回されにくくなります。
完璧な計画を立てることや、それを完璧に進めることよりも、現実を見ながら軌道修正を重ねていく柔軟さ。
その点も、セミリタイアに向いている特性だと感じています。
まとめ
あらためて整理してみると、セミリタイアに向いていると感じる理由は、性格・価値観・行動のそれぞれに、少しずつ現れているように感じました。
静かな時間を好み、自分のペースを大切にできる性格。
自由よりも“選択できる自由”を重視する価値観。
そして、完璧を求めすぎず、現実を見ながら柔軟に動ける行動の癖。
それらが組み合わさって、「セミリタイア」という生き方に心惹かれたのだと思います。
結局のところ、セミリタイアの“適性”とは、特別な資質ではなく、自分の性格や価値観と、目指す生き方が一致しているかどうか。
その「重なりの深さ」こそが、本当の適性なのかもしれません。

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