自由な時間が成立する条件とは―セミリタイアの準備

セミリタイア計画

以前の記事で、自由な時間が成立する条件、と書きました。

では、その条件とは、具体的にどのようなことを指すのか。
今回は、“自由な時間が成立する条件”について、自分なりに整理してみたいと思います。

自由の手に入れ方

自由を手に入れる方法は、大きく分けて2つあるのではないかと考えています。

① その自由に見合うだけの責任を負う

何かしらの責任を受け入れることで、その対価として“自由”が与えられる形です。
たとえば、セミリタイアの場合――
「働かなくても暮らしていける」という経済的責任を自ら負うことで、時間的自由が得られる、と考えることができます。

② その自由に見合うだけのルールに従う

もうひとつの形は、ルールに縛られることで、その範囲内では行動を許される、という自由です。
学校や会社の制度、または社会的な役割など――
決められたルールの中に身を置くことで、「その範囲内では自由にしていい」という自由も、確かに存在します。

つまり、自由は“無条件”では成立しない、ということです。
では、セミリタイアによって手に入る“物理的な時間”を、どうすれば“自由な時間”として機能させることができるでしょうか。

自由な時間が成立する条件

時間に主導権を握られると、その時間は“暇な時間”へと姿を変えてしまいます。
そのため、自由な時間をつくるには、時間に対する主導権を自分の側に持っている必要があります。

私なりに主導権を得るための条件を考えてみました。

まず、他人に依存しないこと。
誰かの都合を合わせる際は、どうしても自分でコントロールできない空白の時間が生まれてしまいます。
その点、自分一人で完結できれば、時間に対する主導権は掴みやすくなります。

また、“何もしない”という選択が許容されていることも、大切な条件ではないかと感じます。
何もしないことに焦りや罪悪感を抱いてしまうと、時間は自由ではなくなります。

さらに、終わりに縛られていないこと。
たとえば休日であっても、「月曜からの仕事」を意識してしまうと、その時間は完全な自由とは言い切れません。
“時間に追われる感覚”からどれだけ離れられるか、という視点は欠かせません。

そして最後に、何かを始めたいという意思があること。
自由な時間があっても、やりたいことが何もなければ、主導権を持っているとは言えません。
自分の意思で何かを選び、行動できることは大切です。

ここまで整理してみると、自由な時間とは――

“時間 × 主体的な行動力”

この掛け合わせで初めて成立するのかもしれません。

主体的な行動力を育てるには

“時間 × 主体的な行動力”の時間部分はセミリタイアによって得られます。
次に考えたいのは、主体的に行動できる自分を、どうやって育てていくのかです。

まず、思考の余裕があること。
余裕がなければ、考える前に動いてしまい、選択を吟味することができません。
落ち着いて考える余白があることで、行動の選択肢が生まれ、新しいものごとへの気づきにも繋がります。

そこに加えて、興味の幅を広げておくことも重要です。
興味の面積が広ければ、自由な時間は自然に埋まっていきます。
逆にその幅が狭い場合、時間だけが余り、やがて“暇な時間”に転じてしまう可能性があります。

そしてもうひとつ、選択肢をストックしておくことも欠かせません。
興味の幅を広げることと連動しますが、「試したいこと」「やってみたいこと」がいくつかストックされていれば、選択する自由が生まれます。
よく思考することで気づきの機会を増やし、興味の幅を広げながら、行動の選択肢を少しずつストックしていく。

こうした持続可能な流れが整えば、自由な時間を“暇な時間”に変えることなく、主体的な時間として成立させていくことができるのではないでしょうか。

まとめ

セミリタイアによって得られるのは、まず“時間”という物理的な自由です。
しかし、時間だけでは自由は成立しません。

そこに 自分の意思で行動を選べる主体性があって初めて、“自由な時間”として機能するのだと思います。

だからこそ、セミリタイアの準備とは――
資産をつくるだけでなく、自由を使える自分を育てていく期間でもあるのではないでしょうか。

“時間 × 主体的な行動力”

この掛け合わせが揃ったとき、セミリタイアの“本当の自由”が始まるような気がします。

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