平均寿命が延び続ける現代では、「老老相続」という言葉も、もはや珍しくありません。
相続が発生する年齢が上がれば上がるほど、受け取る側もすでに老後を迎えており、お金はただ世代を移るだけで、ほとんど“働かない資産”になります。
もし私が、セミリタイアを終えた先に使い切れない資産が残るとしたら、そのお金をどう使い、誰に渡すのが良いのか。
今回は、“お金ではなく時間を継承する”という視点から、相続のあり方を少し考えてみたいと思います。
70歳・45歳・20歳という三世代の仮想シナリオ
仮に70歳の時点で、明らかに余剰となる資産があるとします。
子ども世代は45歳、孫世代は20歳。
このとき、どちらの世代にどのように資産を託すのがよいのでしょうか。
子ども世代への相続
45歳という年齢は、家庭や仕事が安定し、人生の中でも成熟期にあたります。
セミリタイアを考えている場合、ここでの相続はその計画を前倒しする力となるかもしれません。
子どもが早めに自由な時間を得ることができたなら、その時間の一部を共有してもらうこともできます。
単なる金銭の継承ではなく、“時間の共有”という価値を生み出します。
一般的には、親が高齢になり、介護や看取りのために子が実家に戻るというケースが多いですが、その時点では、すでに“対等な関係”で時間を過ごすことは難しくなります。
お互いがまだ元気で、親子としてではなく“大人同士として時間を共有できる”ことは、とても貴重なものだと思います。
孫世代への相続
一方で、20歳の孫に資産を託すという選択もあります。
人生の選択肢が大きく広がるこの時期に、“使い切れないお金”の使い道を一緒に考えることができれば、単なる経済的援助ではなく、「未来を設計する対話」になります。
相続によって生まれる資金的な余裕は、挑戦のハードルを下げ、経験を積む時間を増やしてくれます。
「社会を知るための5年」、そして「興味を試すための5年」など、人生のテンポそのものを柔らかく変えることができます。
また、孫世代も早めに自由な時間を得ることができたのなら、子ども世代と孫世代の“時間の共有”を生み出すことにもつながります。
どちらに託すとしても、その本質は「お金を渡すこと」ではなく、“時間をどう生み出すか”という点にあります。
お金が“時間”を生むという視点
お金は、ただ貯めるだけでは何も生みません。
しかし、“場所とタイミング”を変えることで、まったく異なる価値を生むことがあります。
“老老相続”では、相続をされた側も既に老後を迎えており、生活資金は十分にあるでしょう。
この場合、お金はただ場所を変えただけで、新しい時間や価値を生み出すことがありません。
けれど、タイミングを少し早めると、景色は変わります。
45歳の子にとっては、仕事と生活のバランスを見直すきっかけになるかもしれない。
20歳の孫にとっては、将来の選択肢を広げる機会になるかもしれない。
お金の価値は、額の大小ではなく、「どの時点で、誰の手にあるか」で変わります。
早く渡せば、それだけ早く“時間と選択肢”が生まれる。
それは、単なる資産移転ではなく、可能性のバトンを次の世代に渡すことなのかもしれません。
相続を「前倒す」という発想
相続というと、多くの場合は“人生の終わり”とともに考えられるものです。
けれど、もしそのお金が、生きているうちに誰かの時間を生むことができるなら、早めに動かすという選択もあっていいのではないかと思います。
使い切れないお金を、次の世代と一緒に考えながら分け合う。
それは“遺す”ではなく、“託す”という行為です。
資産を前倒しで渡すことには、受け取る側の自由度や選択肢を増やし、人生設計を変える力があります。
そして、このことは“幸せの最大化”という考えにもつながります。
使い切れないお金は、時間に変えて渡す
お金は、適切な場所とタイミングにおいて、“時間”や“選択”といった、形のない価値を生み出します。
相続というのは、単に財産を引き継ぐ行為ではなく、「誰の時間を豊かにするか」を選ぶ行為なのかもしれません。
そして、世代を越えて“幸せの時間”を増やすことにもつながっていきます。
使い切れないお金をどうするか。
その答えは、貯めることでも、遺すことでもなく、次の誰かの時間に変えること。
それは、セミリタイアの先に見えてくる、もうひとつの豊かさだと思います。
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