セミリタイアはいつから考えるべきか?

考え方・背景

私がセミリタイアを意識しはじめたのは、まだここ数年のことです。
では――もし過去の自分がセミリタイアを知っていたら、いつからセミリタイアを考えるべきだったのか。
そんな問いが、ふと浮かびました。

人生のある時点でセミリタイアの概念を知っておくことは、将来の選択を判断する“ひとつの軸” になり得る可能性があります。
しかし一方で、若いころからセミリタイアを意識しすぎると、選択肢が狭まってしまうという面もあるように思います。

今回は、そのメリットとデメリットを整理しながら、思考の遊びをしてみようと思います。

若くしてセミリタイアを考えるメリット

もし学生のころからセミリタイアという概念を知っていたなら、人生の進め方は変わっていたように思います。

  • 就職先を、将来の設計を軸に選ぶ
  • お金の使い方に目的が生まれる
  • 副業や投資などにも関心が向く

セミリタイアを知っているだけで、将来を考える習慣が芽生えるかもしれません。
それによって、「何となく就職して、なんとなく消費していく」という流れを、修正できる可能性があります。

そして何より、投資において“時間を味方につけられる”という点で大きなアドバンテージになります。

若くしてセミリタイアを考えるデメリット

一方で、学生のころからセミリタイアを強く意識しすぎると、逆に選択肢が狭まってしまうという面もあるように思います。
セミリタイアを目指すあまり、“先の見通しを重視した選び方”が中心になってしまう可能性があります。
もしそうなれば、目の前の経験よりも、“将来の打算”が優先されてしまうかもしれません。

  • リスクのある挑戦を避けてしまう
  • 経験より効率を優先してしまう
  • “好きか嫌いか”より、“損か得か”が基準になってしまう

若い時期の経験は、将来かけがえのない財産になるはずです。
しかしセミリタイアを意識しすぎると、“やってみる経験”よりも“避けておく経験”が増えてしまう可能性があります。

セミリタイア以外の選択肢が見えにくくなることは、若くして意識する場合のリスクだと思います。

もし学生時代からセミリタイアを知っていたなら

では、仮に学生のころにセミリタイアという考え方を知っていたとして、私はどう行動していただろうか、と考えてみます。
今の私が過去に戻るのではなく、“過去の私がセミリタイアを知っていたら”という前提です。

セミリタイアに向けた思考の中には、人生において有益なものが多くあります。
その考え方に触れ、さまざまな情報を集め、理解し、積極的に取り入れようとしていたはずです。
そのうえで、次のような傾向になったのではないか、と想像します。

・投資を早く始める

当時の私は、アルバイトで稼いだお金をほとんど使い切っていました。
もしセミリタイアの視点を知っていたなら、“本当に使うべきことか?”と一歩考えたうえで、一部を投資に回しているように思います。

・結婚のハードルは上がる

セミリタイアの基準を持つと、結婚へのハードルはぐっと上がるはずです。
将来の効率を優先するあまり、“結婚の価値”を見出しにくくなる可能性があります。
今の自分から見ると、これはひとつのジレンマだと感じます。

・無駄なことを楽しみにくくなる

特に大学時代は、今思えば“無駄”とも思えることに夢中になっていた記憶が残っています。
それらは、社会人になってからでは体験しにくいものです。
セミリタイアを早くに意識してしまうと、そのような“無謀さ”や“ただ楽しいだけの時間”を、素直に楽しめなくなるかもしれません。

こうしてみると、確かなメリットがある一方で、若さの特権である“可能性の広さ”や“怖いもの知らずの挑戦”に、リミットがかかってしまう恐れもあるように感じます。

記事の書き出しでは、「早く知っていたらメリットが大きかったはず」と予想していました。
しかし、避けられないデメリットも見えてきてしまい、“何が正解か”は簡単には言い切れないという感覚になっています。

まとめ

もし学生時代にセミリタイアを知っていたとして、それが“良い”とも“良くない”とも、簡単には言えない、そんな結論にたどり着きました。
今回の思考の背景には、「これからの私を見て育つ子どもたちは、何を感じるのだろう」、という問いもありました。

しかし、私の中に明確な正解はまだありませんし、子どもたちが生きる時代も、きっと今や昔とは違うはずです。
だからこそ、彼らの考えは尊重しながら、私は私で、自分のセミリタイアをしっかり考えていきたいと思います。

“いつ知ったか”ではなく、“今どう歩むか”。
そこにこそ、答えがあるのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました