日本ではまもなく衆議院の解散、選挙が行われますね。
前回の参議院選挙に続き、日本のこれからを考える上でも重要な選挙になるだろうと、海外に住んでいながらも感じます。
こうした出来事を目にすると、自然と「日本とは」「国とは」「暮らす場所とは」といった、少し大きめの話題に意識が向かいます。
もちろん国家論や政治の話をしたいわけではなく、海外で生活している今だからこそ、日本や他の国に対して感じることがあるということです。
日本の良さは「調和」にあると感じている
私は日本が好きで、日本人も好きです。
もちろん、国民性という言葉に収まらない多様さがあり、全員が同じではありません。
それでも全体として「調和を大切にする文化」が根付いているように感じています。
列に並ぶときの距離感や、場の空気を読みながら会話する様子、余計なことを強く押しつけない態度など、細かな部分にその気配が宿っています。
こうした調和は、目立つわけでも派手なわけでもありませんが、生活の中で静かに機能しているものだと思います。
海外で暮らしていると、そういったところに日本の良さがあると感じています。
海外は海外で、それぞれの良さがある
欧州に旅行を考えたことがある人なら、「イタリアやスペインはすりが多い」「スウェーデンは治安が悪い」などの情報を目にしたことがあるかもしれません。
こうした印象は、国ごとの事情や統計、報道姿勢などが混ざったもので、ある意味では旅行者向けの注意喚起として機能しています。
ただ、実際に現地に行ってみると、そうしたイメージとはかなり違う側面が見えてきます。
元々そこに暮らしている人たちは、とても親切で、距離感も近く、文化としての面白さがあります。
国ごとに雰囲気も価値観も違うのですが、その違い自体が魅力になっていると感じます。
とはいえ、日本ほど安全ではないのも事実で、実際に私の両親はイタリアですり被害に遭っています。
どの国でもそうですが、地元の人々と、観光地などで犯罪行為をする人々は別物と捉えた方が、理解としては近いのではないかと思います。
変化の中で失われるもの
海外で生活していると、国のイメージと実際の様子の違いを感じることがあります。
たとえばドイツを訪れたとき、都市によってはほとんどドイツ人に会わない場所もあり、その背景には移動の自由や多様化など、さまざまな要因があるのだろうと思います。
もちろん、それ自体が良い悪いという話ではありませんが、人が変わることで国の様子そのものが変わっていく片鱗のようなものを体感します。
そういった変化を起点として、その国の文化や“その国らしさ”が損なわれてしまうのではないか、と思う場面もあります。
日本にもいろいろな課題はありますが、それでも多くの国の人が日本に好印象を持ってくれると、私自身肌で感じています。
日本が日本であることを喜んでくれる人は意外と多く、日本らしい文化が続いていくことは、個人のレンジでは世界から求められているのだと思います。
セミリタイア後も日本を選ぶと思う理由
いろいろな国を見たり訪れたりしていると、文化や価値観の違いに触れる楽しさがあります。
オランダにも良いところが多く、街の空気や人の距離感、自然との近さなど、日本とはまた別の魅力を持っています。
他の国に旅行しても、同じようにその国らしい面白さを感じます。
それでも、自分がセミリタイア後に暮らす場所として考えると、おそらく日本を選ぶだろうと思います。
利便性と治安、言葉の理解、生活リズム、季節の移ろい、静けさと賑やかさのバランス――
こうしたものが混ざり合って、日本の生活は自分にとって落ち着く環境になっています。
日本で暮らす前提だからこそ、海外にいながらも選挙に参加していますし、政治や制度といった話題にも自然と関心が向きます。
最終的には、自分が心地よいと感じる場所で暮らしたいだけで、その選択肢として日本はとても強いと感じています。
そんな日本が、これからも日本らしく続いて欲しいと切に願っています。
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