現在、私は強制的に日本のテレビ放送と無縁の生活をしています。
海外赴任という環境の変化によって、物理的に視聴できない状況になったからです。
赴任前から、もともとテレビをよく見る方ではありませんでした。
ただ、完全に遮断された生活を続けてきて気づいたのは、「なくても困らない」という事実です。
むしろ、情報も娯楽も不足していません。
ニュースはスマートフォンで即座に確認でき、興味のあるテーマは自分で深掘りできます。
スポーツも番組も、必要であれば配信サービスで視聴できます。
少なくとも私個人においては、テレビ放送は生活になくても良い。
いまは、そう結論づけています。
テレビの必要性をあえて考えてみる
テレビ放送は不要だと書きましたが、一応その必要性についても考えてみます。
長年続いてきたメディアですから、一定の価値があるのも事実でしょう。
まず挙げられるのは、速報性と同時性です。
災害や大きな事件が起きたとき、多くの人が同じ映像を同じタイミングで共有できる仕組みは、テレビの強みと言えます。
特に大規模災害時には、画面下に常時表示される情報や専門家の解説が安心感につながる面もあります。
次に、受動的に情報が入ってくるという点です。
自分で検索しなくても、ニュースや特集、ドキュメンタリーなどが流れてきます。
能動的に情報を取りに行かなくても、ある程度の世の中の動きを把握できる。
この「探さなくていい」という構造は、朝などの忙しいタイミングでは利点かもしれません。
そして三つ目は、共通体験の形成です。
スポーツの国際大会や話題の番組など、同じ時間に多くの人が同じものを見ることで、社会的な一体感が生まれます。
翌日の会話のきっかけになる、という側面もあるでしょう。
こうして整理してみると、テレビは単なる娯楽装置ではなく、情報共有のインフラとして機能してきたことがわかります。
それでも不要だと感じる理由
先ほど挙げたテレビのメリットは、確かにその通りだと思います。
ただ、それらが「テレビでなければならない理由」かと言われると、そうでもないように感じます。
まず、速報性と同時性についてです。
災害情報や大きな事件は、いまやスマートフォンの通知のほうが早く届きます。
ニュースアプリやSNSを通じて、複数の情報源を横断的に確認することもできます。
必要であればライブ配信も視聴できますし、情報の速さも深さもテレビ以上の選択肢が存在します。
次に、受動的に情報が入ってくるという点です。
確かにテレビは「流しっぱなし」にしておけば情報が入ってきます。
ただ、その代替としてニュースレターの購読や、関心のある分野のチャンネル登録、RSSなどを活用すれば、自分にとって必要な情報だけを効率的に受け取ることができます。
受動でありながら、ある程度は自分で選別できる仕組みがすでに整っています。
そして共通体験についても、配信サービスやSNSによって再現可能です。
大きなスポーツイベントはストリーミングで同時視聴できますし、リアルタイムで感想を共有する文化はむしろネットのほうが強いといえます。
同じ時間に同じものを見る、という体験自体は、テレビ専用のものではなくなっています。
こうして並べてみると、テレビが担ってきた機能の多くは、すでに他のサービスで代替できる状態にあります。
しかもそれらは、視聴者側が選択できるという点で、より自由度が高いように感じます。
テレビという「仕組み」の限界
機能面だけでなく、テレビという仕組みそのものにも限界を感じます。
まず大きいのは、放送時間が決められていることです。
視聴者が時間を合わせなければならない構造は、現代の生活リズムと相性が良いとは言えません。
録画すれば良い、という意見もあるかもしれませんが、それであれば最初からオンデマンド配信と同じです。
しかも録画という手間が一つ増えます。
倍速再生ができない点も、地味ですが大きな差です。
ネット配信であれば、自分の好みに合わせて速度を調整できます。
必要な部分だけを見ることも可能です。
テレビの場合は基本的に送り手のペースに従うしかありません。
さらに、CMの存在も無視できません。
視聴の流れが断ち切られるだけでなく、「消す」という選択肢もありません。
多くの配信サービスでは、課金によって広告をなくすことができますが、テレビ放送にはその柔軟性がありません。
こうした構造的な制約を考えると、テレビはもはや特別な存在ではなく、数あるコンテンツの一つに過ぎません。
情報収集のツールとして見ても、検索性や深掘りのしやすさという点で、ネットに大きく劣ります。
編集された短い映像と限られた解説だけでは、全体像を把握するには物足りないこともありますし、情報の切り取り方によって印象が左右される場面も少なくありません。
だからこそ私は、既存の便利なコンテンツを最大限に活用しながら、常に新しい選択肢を取り入れられる柔軟さを保っていたいと考えています。
特定のメディアに依存するのではなく、自分に合った手段を選び続けること。
それがいまの時代、これからの時代に合った姿勢なのだと思います。
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