セミリタイアを考える、今の心境

考え方・背景

セミリタイアという言葉を意識するようになったのは、将来の人生設計や日々の仕事との向き合い方を考える中で、自然と親和性が高いように感じたからです。

今の仕事や会社に大きな不満があるわけではありませんが、定年と呼ばれる年までの四半世紀近い時間を働き続ける前提については、少し立ち止まって考えてみてもいいのでは、と思うようになりました。
まずはざっくり10年短く考えてみよう、というところから、私のセミリタイア計画は始まっています。

今回は、私自身がいまどんな心境でその言葉を捉えているのかを、整理してみたいと思います。

セミリタイアを考える理由は、人それぞれ

セミリタイアを考える理由は、人によってかなり違うのだと思います。
働き方や時間の使い方、家族との距離感、心的な負荷や健康面など、きっかけになるものはさまざまです。

私自身も、明確な出来事があったというより、いくつかの感覚が積み重なった結果として、セミリタイアという言葉を意識するようになりました。

将来の不安を強く感じているわけでも、今すぐ何かを変えたいと思っているわけでもありません。
ただ、この先の人生を考える中で、「今とは少し違う選択肢もあるのではないか」という問いが、少しずつ頭の中に残るようになりました。

今の仕事や会社に、大きな不満があるわけではない

今の仕事そのものについて、大きな不満を感じているわけではありません。
どちらかといえば好きな方で、目の前の現象や顧客の課題を理解し、最適解を目指す過程には、いまでも一定の面白さを感じています。

会社についても、一般的に見ればホワイトな部類に入ると思います。
働き方や制度の面で極端な無理を強いられることはなく、その点では恵まれた環境にいるという自覚もあります。

ただ、仕事が生きがいかと聞かれると、そうではありません。
会社のために身を削って頑張る、という意気込みも持っていません。
淡々と書いていますが、これは不満というより、私自身のスタンスの話に近いものです。

今の仕事や会社に対して感じているのは、評価でも否定でもなく、一定の距離感です。
その距離感が、ここ数年で少しずつ変わってきたように感じています。

面白さを感じてきたのは、現場と課題に向き合う時間

これまで仕事を続けてこられた理由を振り返ると、やはり面白さを感じてきたのは、現場に近いところで物事を考えていた時間だったように思います。
目の前で起きている現象をどう捉えるか、顧客が抱えている課題の本質はどこにあるのか。
そうした点を一つひとつ整理し、仮説を立て、解決に近づけていく過程に、自然と集中してきました。

入社してから13年が経ち、仕事の内容や立場も少しずつ変わってきました。
同時に、会社全体の雰囲気にも、以前とは違うものを感じるようになっています。
うまく言葉にするのは難しいのですが、かつて感じていた「どこか光るような感じ」が、少し薄れてきたような感覚です。

今後は、役割としても現場やフィールドから離れる場面が増えていく見込みです。
それ自体が悪いわけではありませんが、これまで自分が面白さを感じてきた領域から距離が生まれることに対して、正直なところ、気持ちが上がらない部分もあります。

仕事の内容そのものではなく、仕事との関わり方が変わっていく。
その変化を前向きに受け止めきれない自分がいる、というのが、今の率直な感覚です。

セミリタイアを「通過目標」として置く

ここまで書いてきたことを並べてみると、わがままだと感じられるかもしれません。
大きな不満があるわけでもなく、比較的環境にも恵まれていながら、なお別の選択肢を考えているためです。

それでも、気持ちを殺したまま働き続けられるかと問われると、正直なところ、そうは思えません。
無理をしている自覚がなくても、納得感のない状態を長く続けることは、どこかで歪みを生むような気がしています。

私にとってセミリタイアは、何かのゴールではありません。
あくまで一つの通過点として置くことで、仕事を「生きがい」ではなく、「手段」として捉え直すためのものです。

もっとも、残り15年という時間は決して短くありません。
それでも、この先の働き方を考えるうえで、セミリタイアという視点を持っておくこと自体には、意味があるように思っています。

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