某タイトルのようですが、狙ったわけではないです。
特別に意図したわけでもなく、普通に生きていたらそうなっていました。
とはいえ、友達が少ないことが必ずしも悪いことばかりかというと、そうでもありません。
今回は、いくつかの側面を通してそのあたりの話をまとめてみたいと思います。
友達が少ない背景
友達が少ない理由を挙げるなら、
①基本的なコミュニケーションが苦手
②普遍的な人、普遍的な会話に興味なし
③来るもの拒まず、去る者追わず、来ないものには見向きもしない
はい、友達はできませんね。
私は、他人と会話がまともにできるようになったのは、大学生になってからです。
英会話教室に通うより、先に“会話教室”に行くべきだったのかもしれません。冗談ですが。
ただ世の中は上手く出来ているようで、どのタイミングでもなんだかんだ声をかけてくれる人はいて、何かしらのコミュニティには属していました。
周りがわいわいしていると、自分はしゃべらなくても、なぜかすごく会話したような気分になれるので、それはそれで良かったと思います。
集団に属しているものの、個々との繋がりは極めて薄い、そんな感じですね。
友達が少ないことのメリット
友達が少ないことには、意外とメリットもあります。
まず、自分の時間がほとんど自分(と家族)のために使える、という点があります。
誰かとの予定でスケジュールが埋まることがほとんどなく、自分のペースを保ちやすいです。
次に、基本的に誰からも連絡が来ないので、やり取りに使う時間や労力がかかりません。
それから、私に届く連絡(らしきもの)はメールも電話も基本的に詐欺なので、詐欺を見分けやすいというどうでもよいメリットもあります。
本当に用事がある連絡は基本的に家族か仕事しかないので、判断に迷いません。
とはいえゼロではない
友達が少ないと言っても、ゼロというわけではありません。
片手分くらいはいます。
地元の変わり者仲間がメインではありますが、大学で私が一方的に会話の手本としていた友人にも感謝しています。
広く浅くではなく、狭く深くでよく、必要以上に繋がろうともしていないので、今くらいの距離感がちょうど良いのだと思います。
まとめ
友達が少ないことは、欠点のように思われるかもしれませんが、私にとってはそれが自然で、暮らしやすい状態でもあります。
人生の予定は自分と家族で埋まり、静かで、他人のリズムに引っ張られない日々になるからです。
こういう環境を振り返ってみると、元々セミリタイア向きだったのだと思います。
人間関係の密度が薄く、自分のペースを保つことが心地よく、静かな時間に耐性がある。
そういう性質は、働き方や生き方を考えるうえでも悪くはない気がしています。
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