セミリタイアは目的ではなく手段

考え方・背景

ブログを書き始めてから、約1か月が経ちました。
日々の生活や考えを整理し、文字として形とすることに、少しずつ慣れてきました。

数字を使って将来を描く作業は、静かで充実した時間でもあります。
自分のための記録というのが主ではありますが、外に向けて公開をすることで、程よい緊張感も持つことができています。
こうして記事を重ねていくうちに、少しずつセミリタイアという言葉にも馴染んできました。

ただ、その言葉ばかりに意識が向くと、当初の気持ち──なぜセミリタイアを目指そうと思ったのか──を忘れがちになる瞬間もあります。
だからこそ、この節目に一度立ち止まり、改めて自分の原点を見つめ直しておきたいと思いました。
セミリタイアを「手段」として捉えるという考え方も、そのひとつです。

原点の確認

私がセミリタイアを考え始めたきっかけは、より自分らしく生きる時間を持ち、自分の人生を最大限に味わいたいという思いでした。
家族との時間、心のゆとり、そして働き方や生き方を選ぶ自由。
それらを確保するための一つの手段として「セミリタイア」という手段を意識することとなりました。

もちろん、経済的な備えは欠かせません。
けれど本質的には「お金を増やすこと」よりも、「時間をどう使いたいか」「どんな心の状態で暮らしたいか」という点のほうが大切です。

セミリタイアという言葉には、資産や収入といった“数字の話”が付きまといます。
しかしその数字の先には、もっと静かな目的──家族との穏やかな日常、自分のペースで人生を生きる自由──があります。
その「先の暮らし」を見失わないようにすることが、今の自分にとって何より大切だと感じています。

数字との付き合い方

セミリタイアを考える上で、数字は欠かせない要素です。
収支のバランス、生活費の見通し、年金や資産運用のシミュレーション──
これらを丁寧に積み上げることで、将来への不安が少しずつ形のある安心へと変わっていきます。

一方で、数字ばかりを追いかけると、気づかないうちに「数字のための人生」になってしまうようにも感じます。
大切なのは、数字を“目的”ではなく“道具”として扱うこと。
数字はあくまで、心の安定や暮らしの選択を支えるための目安にすぎません。

実際にシミュレーションをする中で感じるのは、「数字は自分自身の心境を映す鏡のようなもの」だということです。
不安や期待、あるいは焦りの感情があると、そのまま数字の捉え方にも反映されます。
同じ数字に対して不安を感じたり、逆に保守的な前提に偏りすぎたり──

だからこそ、数字と向き合うときは、少し距離を取って、客観的に考えるようにしています。
不安な気持ちを落ち着かせたり、油断した気持ちを引き絞めたり。

数字を、そんなふうに自分を整える道具として使っていきたいと考えています。

始まりとしてのセミリタイア

セミリタイアは、終わりではなく始まりです。
自由に使える時間を得た先で、どう生きたいかを考えること。
その問いを忘れずに、これからも数字と向き合いながら、自分らしい道を描いていきたいと思います。

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