不安の役割とセミリタイアの推進力

考え方・背景

前回は、我が家における夫婦それぞれの役割分担について書きました。

私がドライに計画を進める一方で、妻は現実を見ながら生活を守る。
その凸凹がうまく噛み合うことで、セミリタイアに向けたバランスが取れているという話でした。

ただ一方で、不安と向き合う役割を妻が担っているとも言えます。
ではその「不安」は本当にマイナスなものなのか。
今回は、不安の存在がセミリタイアにどんな意味を持つのかを考えてみたいと思います。

不安の感じ方の違い

私は基本的に、不安をあまり感じないタイプです。
資産の数字をシミュレーションしながら計画を進めていますが、そこで悲観的になることはほとんどありません。
良くも悪くも、感情を交えずにドライに見ているだけです。

一方で妻は、日々の生活に直結するお金の出入りを管理していることもあり、不安を強く意識する立場にあります。
もともと心配性な性格もあると思いますが、その分だけ無駄を省き、倹約的な判断を自然にできるのだと思います。

こうした違いから、不安と向き合うのは主に妻の役割になっているといえます。

不安を押しつけているのでは?

ここで気になるのは、私が不安をあまり感じない分、その役割を妻に押しつけてしまっているのではないか、ということです。
私がドライに計画を進められているのは、裏を返せば妻が不安を背負ってくれているから、とも言えます。

もし二人とも同じように不安を強く感じていたら、日々の生活が息苦しいものになっていたかもしれません。
逆に、二人とも楽観的であれば、リスクを見落とすことにつながったかもしれません。

妻が不安を背負ってくれていることで、私は冷静に分析することができ、私が冷静でいることが、妻の不安を和らげる。
そんな関係になっているように思います。
もちろん、大変な荷を背負ってもらっている分、家庭におけるプライオリティの最優先が妻であることは言うまでもありません。

不安を力に変える

不安というのは、必ずしも悪いものではないと思います。
確かに心を重くする側面はありますが、同時に「備えるきっかけ」や「行動を促す原動力」にもなります。

セミリタイアを目指す以前から、妻の不安があったからこそ支出を抑え、家計を整えてこられたのだと思います。
その不安がなければ、計画段階でさえセミリタイアの道筋を立てることは出来なかったでしょう。

つまり、不安を完全になくすのではなく、それをエネルギーに変えて計画を前に進める。
これこそが、我が家にとっての大きな強みになっていると感じています。

安心と不安は切り離せるものではなく、両方があって初めてバランスが取れる。
その感覚を忘れずに、セミリタイアの道筋をこれからも描いていきたいと考えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました