当時はそこまで深く気に留めていませんでしたが、今振り返ってみると、私は大学時代にすでに「セミリタイアを果たした人」に遭遇していたかもしれません。
ふとその頃の記憶が蘇ってきたので、当時のエピソードを掘り起こしてみたいと思います。
私が「セミリタイア」という言葉を使う理由
本題に入る前に、まずは私が考える「セミリタイア」の定義について改めて触れておきたいと思います。
世間では「FIRE」という言葉が定着し、その中にもさまざまな派生語(〇〇FIREなど)が増えている印象があります。
しかし、そうした分類や定義のアップデートを追いかけるのは個人的にあまり好みではないため、私はシンプルに「セミリタイア」という表現を好んで使っています。
私がセミリタイアを目指す理由は、経済的自立(FIREで言うところの“FI”の部分)をしっかりと達成した上で、自分自身の興味を満たすための労働をするという「選択肢を残しておく」ためです。
労働を完全に手放すのではなく、興味の赴くままに働く自由を残しておく。
もちろん、その時の興味や気分次第では実質的に完全リタイア状態になる可能性もありますが、この「選択の余白」を持っておくことこそが、私にとってのセミリタイアの理想形です。
バイト先で出会った、50前後のおじさん
さて、本題です。
大学時代、私はとあるレンタルビデオショップでアルバイトをしていました。
そこである日、新規で採用されてきたのが、50歳前後のおじさんでした。
第一印象は、「こんな年齢になってもアルバイトをするんだな」という素朴な驚きでした。
しかし、いざ一緒に仕事を始めてみると、その印象は大きく変わりました。
手際が良くて仕事が非常に早いだけでなく、考え方がしっかりしていてコミュニケーション能力も高く、何より話が抜群に面白かったのです。
聞けば、普段はボランティアで野球のコーチをしているとのこと。
「アルバイトの収入だけで食べていけるのだろうか?」と当時は不思議に思っていたものですが、今になって振り返ると、合点がいくことばかりです。
あの人は、すでに十分な資産を形成して経済的に自立(FI)した上でセミリタイアし、本命である「野球のコーチ」を趣味として楽しみつつ、小遣い稼ぎや適度な社会的繋がりとしてアルバイトをしていたのではないか――。
あくまで私の想像でしかありませんが、今思うとそう考えるのが一番しっくりきます。
リタイア後にやってみたいアルバイト
当時は知る由もありませんでしたが、今になってあの時のおじさんを思い返すと、まさに自分が目指している理想のセミリタイア像そのものを体現していたように感じます。
実際に私が50歳でセミリタイアを迎えた際には、「本屋のアルバイト」などをやってみたいと考えています。
レンタルビデオショップで働いていた時もそうだったのですが、そうした店舗で働く大きな魅力は、意図せず多種多様な情報や作品に触れられる点にあります。
棚を整理したりレジに立ったりする中で、自分ひとりでは出会わなかったような本や新しい世界を自然と知ることができるわけです。
現在とは違って、気になった本をじっくりと読み込む時間はリタイア後なら十分にあります。
そして、働いて得たバイト代でその本を購入して楽しむ。
趣味と実益、そして新しい知的好奇心がぐるぐると回る、非常に良いサイクルが生まれるのではないかと密かに期待しています。
まとめ
大学時代の自分にとっては、ただの「仕事ができる面白いアルバイト仲間」でしかありませんでした。
しかし、時を経て自分が50歳でのセミリタイアを目指している今、あの時のおじさんの生き方が鮮明な道しるべのひとつとして浮かび上がってきます。
経済的な基盤をしっかりと固めた上で、自分の「好き」や「やりたいこと」を中心に据え、知的好奇心を満たす手段として緩やかに働く。
あの頃すでに出会っていたかもしれない「ロールモデル」の背中を追いかけながら、自分なりの豊かなセミリタイア生活に向けた準備を、これからも一歩ずつ進めていきたいと思います。
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