相続税について思うこと | 50歳セミリタイアを志向する轍録(わだちろく)

相続税について思うこと

考え方・背景

Xで相続税が話題になっていました。
賛成派と反対派の意見を見ていると、それぞれにもっともらしさがあり、簡単に白黒つけられるものではないのだと思います。

私自身、相続税について強い賛否があるわけではありません。
ただ、議論を眺める中で少し引っかかる部分や、自分なりに整理しておきたい感覚があったので、今回はそのあたりを記録として残しておこうと思います。

相続税をめぐる意見の対立を眺めて

今回目にした議論の中で印象的だったのは、相続税に対する評価が大きく分かれていたことでした。

まず反対派の意見としては、すでに所得税などを支払って積み上げた資産に対して、さらに相続時に課税されるのは二重課税ではないか、というものがあります。
また、自分で築いた資産の使い道については、より自由に決められるべきだという考え方も見られました。

一方で賛成派の意見としては、相続税は資産を遺した本人ではなく、それを受け取る側に課税されるものであり、受け取る側にとっては新たな所得と捉えることができる、というものでした。
加えて、相続税がなければ資産は世代を超えて固定化され、格差が拡大していく可能性があるという指摘もありました。

どちらの意見にも、それぞれの立場から見れば納得できる部分があり、単純にどちらが正しいと割り切れるものではないと感じます。
だからこそ、このテーマは議論が繰り返され続けるのだろうと思います。

制度として見たときの違和感と現実

相続税について考える中で、いくつか引っかかる点も感じました。

まずよく議論になる「二重課税」という点については、確かに直感的にはそう感じる部分があります。
ただ一方で、課税される対象が「資産を築いた本人」ではなく「それを受け取る側」であると考えると、単純に同じものに二度課税されているとは言い切れない側面もあり、この点は立場によって見え方が変わるのだと思います。

また、実務的な観点で見ると、相続時の負担のかかり方にも課題はありそうです。
特に土地や不動産といった流動性の低い資産の場合、相続した時点でまとまった現金が必要になるケースもあり、資産はあるのに納税が難しいという状況が起こり得ます。
このあたりは制度として改善の余地があるように感じます。

さらに、相続税の役割として語られることの多い「格差の是正」についても、個人的には少し距離を置いて見ています。
相続税や所得税の累進課税によって、極端な格差の固定化をある程度緩和する効果はあるのかもしれませんが、それによって格差そのものが解消されるわけではありません。

富裕層の資産が一部減少したとしても、それが直接的に資産の少ない層へと移転するわけではなく、実感として「自分の生活が良くなる」という形で感じられるものではない、というのが正直なところです。

私自身のスタンスとこれからの向き合い方

ここまで考えてみて、相続税に対する自分のスタンスは、「あってもなくても構わない」という、やや中立的なものに落ち着いています。

制度として存在する以上、その中でどう行動するかを考えるしかありませんし、仮になくなったとすれば、シンプルに考えることが一つ減る、という程度の認識です。

実際、相続税がある前提でも、子や孫に資産を引き継ぎたいのであれば、贈与や各種控除を活用しながら計画的に進める方法は用意されています。
そう考えると、「制度があるから何もできない」というものではなく、あくまで前提条件の一つに過ぎないとも言えそうです。

一方で、相続税があるべきかどうかという議論については、強くどちらかに寄る気持ちはありません。
格差の是正という観点も理解はできますが、それによって社会全体の構造が大きく変わるものでもないように感じています。

どちらかと言えば、国に対して期待するのは再分配のあり方そのものというよりも、経済全体を成長させるための方向性です。
個人としてできることは、収入を上げ、支出を抑え、資産を積み上げていくことに尽きるのではないかと思っています。

セミリタイアを目指す立場としては、こうした制度を善悪で評価するというよりも、一つのレギュレーションとして受け入れた上で、どう立ち回るかを考えていきたいところです。
相続についても、「いくら残せるか」だけでなく、「どう残すか」を含めて、長期的に整理していく必要があるのだと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました