インド異動に向けた動きが少しずつ進む中で、ここ最近は色々と考える場面が増えています。
実際、少しごたごたしている部分もあり、その中で改めて「サラリーマンとして働くとはどういうことなのか」を考えていました。
以前から私は、サラリーマンとして働くということは、「会社の意向に沿って働くこと」が求められるのではないかと考えています。
もちろん、個人の希望や事情が無意味だとは思っていません。
ただ、最終的な優先順位としては、どうしても会社側の意向の方が上にならざるを得ない。
私はそういう前提で、ここまで働いてきたように思います。
今回は、そんな「サラリーマンであるということ」について、自分なりに整理してみます。
サラリーマンとは、会社の意向に沿って働くことだと思う
私は、サラリーマンとして働くとは、会社の意向に沿って働くことだと考えています。
会社が求める各種業務を、会社の計画や方針に沿って実行していく。
極端に言ってしまえば、それに尽きるのではないかと思います。
もちろん、だからといって個人の希望が無視されて良い、という話ではありません。
会社側も各社員の事情や希望を考慮しながら、できる限り調整しようとしていると思います。
ただ、それでも最終的な優先順位としては、会社側の意向の方が上になる。
私はそれが、サラリーマンという働き方の前提なのではないかと感じています。
例えば、勤務先や担当業務、各種制度や補助内容などについて、会社と個人の希望が一致しない場面もあります。
そうした場合、最終的には会社側の方針が優先されるケースが多くなる。
少なくとも私は、そういう前提でこれまで働いてきました。
もちろん、その考え方を「正しい」と断定したいわけではありません。
ただ、サラリーマンという立場である以上、ある程度はその構造を受け入れながら働く必要があるのではないか、と私は感じています。
個人の希望と、組織全体のバランス
最近は、以前よりも個人の希望や主張が強く通る場面が増えているように感じます。
もちろん、会社側としても、コンプライアンスへの配慮や離職防止などを考え、できる限り各社員の事情を尊重しようとしているのだと思います。
実際、それによって救われるケースもあるでしょうし、一概に悪いことだとは思っていません。
ただ一方で、個人の希望が強く通ることが、「会社として良い状態なのか」という点については、少し考えさせられます。
特に、一部の強く主張できる社員の希望だけが例外的に通るような形になると、組織全体としての公平感は崩れやすくなります。
会社側にも様々な事情があると思いますし、単純に白黒で語れる話ではありません。
ただ、そうした状況を見ていると、「個人の希望」と「組織全体のバランス」を取ることは、思っている以上に難しいことなのだと感じます。
結局のところ、会社は各社員に対して業務を依頼し、社員側はその前提の中で要望や相談を行う。
そして会社側は、可能な範囲で調整していく。
私は、本来のサラリーマンという働き方は、そういう形に近いのではないかと思っています。
私は「割り切る」ことでバランスを取ってきた
人によって働き方に対する考え方は違うと思います。
会社に対して強く希望を伝えること自体が悪いとは思いませんし、それによって働きやすくなる人もいるでしょう。
ただ私は、会社との考え方や方向性が大きく異なってしまうのであれば、最終的には転職や起業など、別の道を選ぶ必要があるのではないかと思います。
逆に言えば、サラリーマンという立場を選ぶ以上、ある程度は会社側の意向を受け入れる必要がある。
私はそう割り切ることで、ここまでバランスを取ってきました。
これまで納得できないことが全く無かったわけではありません。
ただ、それも含めて「サラリーマンである」ということなのだろう、と考えています。
そして、だからこそ私は、以前からセミリタイアという選択肢を考えているのかもしれません。
会社に依存し切らず、かといって完全に否定するわけでもなく、自分なりに距離感を調整していく。
私はこれからも、そんな形で働き方と人生のバランスを考えていきたいと思います。
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